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杉本苑子『逆髪』

予想を裏切る展開もあり、また小生的には嫌いじゃないけど、
救いのない話が多くて、うーん・・・・・・
杉本苑子『逆髪』(集英社文庫,1991)を読了^_^;

本書収録作品は次の時代小説12篇。

  浮き水
  逆髪
  白い淵
  藪かげの塚
  ふぶきの夜
  カナリヤ昇天
  痣のある女
  神田悪魔町夜話
  葵の散るとき
  無礼討ち始末
  鬼面谷伝説
  奴刑された女たち

磯貝勝太郎による本書巻末「解説」にもあるように、収録作品の多くは、
「仇敵は酒」という「ふぶきの夜」「カナリヤ昇天」も含め、
「敵討、あるいは、復讐に関連する物語」(本書391頁)。
ただ、フツーの敵討・復讐物とは違うんだよね(+_+)
なお、表題作は能の「蝉丸」の物語を絡めているし、
「痣のある女」の徳川和子中宮一派による幼児密殺の詳細は
長篇「月宮の人」の「密殺」の章を参照の由(本書392頁)。
「無礼討ち始末」に播州明石藩の松平斉宣、
「神田悪魔町夜話」は天保5年(1834年)の甲午火事(天保の大火)もメモ(^^)

「奴刑された女たち」に関し、とりあえず思い出せた昔懐かしい本からメモ^_^;

経年劣化で文字通りボロボロ状態の
辻敬助『日本近世行刑史稿』上(刑務協会,1943)9頁に、婦人への閏刑として、

  奴~本籍ヲ除シ請者ニ下付シ、奴トナス。請者ナケレハ禁獄ス。

滝川政次郎『日本行刑史』(青蛙房,1961初版→1985五版)99頁

  奴隷刑には、「やっこ」と非人手下とがあり、非人手下には、普通の非人手下と
  遠国非人手下とがある。やっこは女にのみ科せられる刑罰であって、
  隠し売女をした者は、「三年間吉原へ遣す」というのも、奴隷刑の一種である。

石井良助『江戸の刑罰』(中公新書,1964)87~88頁

  奴は女子だけに適用される刑で、奴女[傍点]ともいう。享保十三年(一七二八)に、奴女が
  あるときは、御目付に申達して、御殿詰合いの面々に相達し、望みの者があれば渡し、
  町方では町年寄に申し付けて、世話してもらいたいという者があったならば、これに渡す
  ことにした。一種の奴隷である。望みの者がなければ牢内におくのであるが、そのときは、
  昼のうちは牢内築地の中には勝手に出して洗濯などの用を足させ、晩方には牢内に入れる
  のである。/『御定書』の規定では、奴刑に処せられるのは、男に誘い出されて関所を
  山越えした女と、関所を忍び通った女とだけであるが、隠売女が「三ヵ年の中、新吉原町へ
  取らせ遣」わされたのは、実質的には奴と同じであったといってよいであろう。

石井良助『刑罰の歴史』(明石書店,1992)133頁

  身分刑としては、御定書には、奴、非人手下、改易、一宗構、一派構が規定されている。
  奴は女子にのみ適用ある罪で、古くより存したが、御定書では、関所を避けて山越した女や
  関所を忍通った女に科せられ、牢内に拘禁し、希望者があれば、交付して使役せしめる。
  隠売女、踊子が三年間新吉原へ取遣わされるのもこれに準ぜられよう。

平松義郎『江戸の罪と罰』(平凡社選書,1988)170~171頁

  また二には適用される場合が比較的稀な刑罰の存在である。奴、剃髪等の刑がこれで、
  概していえば、沿革的に古いものが「御定書」以後も残ったのである。

これらの日本法制史の泰斗・碩学の本を引いた後にナンだけど、
小野武雄『江戸の刑罰風俗誌』(展望社,1998)に御定書百箇条の訳・註が載ってて、
その「百三、御仕置仕形(方)の事」(同書396頁)に、

  奴 望むものこれあり候えば遣す。/但し、望み候ものこれなき内は、牢内に差し置く。/
  (注)奴(やっこ)・・・・・・重罪者の妻及び女子・又は人に従って関所破りをした女など
     の本籍を除いて、獄舎に監禁しておき、これを乞う者に下付して婢とさせたこと。
     /もらい乞う者がない間は、長く獄内に於て使役する。但し稀には、男子にも
     この刑を施すことがある。・・・
  
「奴刑された女たち」で描かれている、僧侶が「触れ頭[滝川政次郎『日本法制史』下巻[講談社
学術文庫,1985]151頁]に預けられ」受けた「むごたらしい仕置き」(本書382~383頁)に関し、
名和弓雄『拷問刑罰史』(雄山閣,1987)220~221頁(奴は218頁)が、「犬払いの刑」として、
御丁寧なことにイラスト入りで説明してる^_^;
  
さて、本書だが、救いのない話でも面白かったけど、読むタイミングは限られるね^_^;
やはり読み手の気持ちをなぐさめ、明るくしてくれるような小説の方がいいね(^^)

そういえば、萩尾望都が「浦沢直樹の漫勉」で少女漫画について語ってた(^^)

  こういう物語の世界に、私は救われたし、とても楽しいと思う。
  そういった自分が感動したものを、(読者に)伝えたい。だけど、笑ったり、泣いたり、
  感動したりっていう、感情をゆさぶるっていうのは、非常に大変なことで、
  やっぱりこっちも必死でやらないと、伝わらないです。

 http://www.nhk.or.jp/manben/hagio/

同番組は「少女漫画界の神様とも言われる漫画家」と評していたが、「とも」は失礼では^_^;
てゆーか、「少女」も不要と思うが、萩尾は「少女漫画」というジャンルの優越性を確信し、
誇りを持ってるようだからいいのかな(^^) ただ、漫画界には一神教の信者もいるからね^_^;
関川夏央『知識的大衆諸君、これもマンガだ』(文春文庫,1996)収録の一篇のタイトルが、

  手塚のほかに神はなし~追悼手塚治虫

朝日社説も巧みに活かしてて読ませるし、何よりも名文だが、同書113頁に気になる一節(..)

  壮年期から初老期に至るまで水のような微笑の下にはげしい闘争心を秘め、他の漫画家を
  滅多にほめなかった手塚治虫が、最晩年、『ルードウィッヒ・B』のなかでほめた。
  『コミックトム』にかいている若い面々や大友克洋らを、彼らはとても独特であるといった。

そのシーンは、手塚治虫『ルードウィヒ・B』(潮出版社,1989)414頁にある。
ハイドンの教えを受けるためのウィーンへの旅の途中の宿で主人公が、

  自分を大事にして自分の個性を強く出してく者が結局強いんですよ
  どこでも通用するんすよ

と楽士について語ると、馬車で乗り合わせて同宿となったオーボエ奏者の男が、

  だけどそれができる天才はめったにいませんよね

と返したのに対し、主人公が発した台詞が問題のソレ(^^)

  いるさ! たとえば『トム』に描いてる星野之宣とか諸星大二郎
  みなもと太郎とか坂口尚とか倉多江美 こういうのが自分の個性で勝つんすよ

御覧の通り、「大友克洋」の名前など挙げられてはいないのだが(@_@)
連載時に出てたとも思えんが、この頃「コミックトム」を買わなくなってたから分からん(..)
でも、『ルードウィッヒ・B』とか「彼ら」(これも上野千鶴子『女遊び』[学陽書房,1988]
13頁の言う「男類による人類の僭称」だよね)とか、この辺からして、超いい加減だよね^_^;
某業界誌の巻頭言で実務家の偉~い方が業界用語を当事者である子どもの視点から見直すよう
いかにも良心的な提言をされてたけど、その文章の中で「彼ら」としてて、笑っちゃった^_^;
同書巻末収録の「〝歓喜〟という自己実現を求めて~未完の「ルードウィヒ・B」へ」という
萩尾望都による解説は冷静な筆致だけど、『フラワー・フェスティバル』②(小学館,1989)
巻末収録の追悼文「手塚治虫が信じさせてくれた世界」の方は、読ませるものがあった(;_;)
その同書208頁に、

  それは今から二十二年前、私が漫画家になりたいの、と言うと友人は、
  〝漫画なんて、小学生が字を覚えるために読むものよ、あんなつまらないの〟と笑う。
  〝でも、手塚治虫とかいるじゃない〟と言うと、
  〝そりゃ、手塚治虫はちがうけど・・・・・・〟と黙った。

昔から一神教は根強かったわけだ^_^; そのサブタイトルから一神教と深読みしたくなる、
『文藝別冊 [総特集]萩尾望都~少女マンガ界の偉大なる母』(河出書房新社,2010)で
驚いたのは、親から〈「漫画はくだらない仕事だからやめなさい」と言われ続けた〉話(@_@)

  母からは「どうせ描くなら、絵本とか童話にしたら」と言われました。
  そっちの方が高級だし、お友達にも言えるけど「娘は漫画を描いてますの」とは
  言えないということでしょう。

と萩尾が語っているのは、桑原武夫の「第二芸術論」を思い出させるけど(同ムック14頁)、
同ムックに収録されてる「家族インタビュー1 両親が語る 萩尾望都の素顔」の最後の質問
「昨年、漫画家40周年を迎えた望都先生に、何かメッセージをお願いします。」に対しての
萩尾の母・淑子の答え(同ムック89頁)に大爆笑^_^;

  漫画も大事でしょうけど、健康に注意して、ずっと描き続けてほしいです。
  最後には、劇作家のようにもなってほしいと思っています。「まだ言うか」って、
  もーちゃんには言われますよね(笑)。  

石井の上記の本を取ろうと中公新書を並べてある棚を見たら、同書の隣に、
冨谷至『古代中国の刑罰~髑髏が語るもの』(中公新書,1995)を発見(@_@;)
今の今まで、こんな本を持っていることに気付かなかった(+_+)
この本のこと知ってたら、もっと別なことを書いたのに^_^;

  http://yomunjanakatsuta-orz.blog.so-net.ne.jp/2015-07-14  

明日は日帰りで静岡だが、例によって新幹線は使わない^_^; 別に鉄ではなく節約のため^_^;
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