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海音寺潮五郎『中国妖艶伝』

歴史小説を読み比べると依拠した史料の扱い方で作者の力量が分かる、
と言うと宮城谷のは初期の作品だから酷かな^_^;

次に読もうとネットで注文した本がまだ届かないこともあり、
駒田信二『中国妖姫伝』(講談社文庫,1979)で取り上げられてた夏姫つながりで、
海音寺潮五郎の短篇(中篇?)「妖艶伝」(同『中国妖艶伝』[文春文庫,1991]所収)を
再読(三読目だったか?)したけど、やはり面白いね(^^)

夏姫と言えば、中島敦の短篇「妖氛録」は未読だけど、
宮城谷昌光の直木賞受賞の長篇『夏姫春秋』上・下(講談社文庫,1995)が一番有名かな(^^)
面白いから再読したいけど、続けて他の宮城谷作品も次々再読したくなるから今は我慢^_^;

さて、駒田・前掲書読了後に、本書を再読して、初めて気付いたことがあった。
ソレは夏姫と夏御叔との間に生まれた夏徴舒が陳の霊公を弑する契機となった出来事の描写。

宮城谷・前掲書の下巻58~59頁だと、そのシーンは次の通り。
  
  遠くから発せられた陳公の声が、子南[夏徴舒]の耳にするどくとどいた。/
  「徴舒は汝に似ておるわ」/つづいて、儀行父の声であった。/
  「公にも似ております」/満座からどっと哄笑が挙がった。/
  子南の胸中に雷光がはしった。心は引き裂かれた。

夏姫が孔寧、儀行父、陳の霊公の3人と関係を持ったのは夫の夏御叔が亡くなってから、
とストーリーが展開していたので、この会話内容はどうもしっくりこない(..)

駒田・前掲書57頁は次のように描く。

  ・・・霊公の大声がきこえてきた。/「徴舒は弱年ながら堂々たる体軀をしているな」/
  自分のことがいわれているので、ハッとして一層きき耳を立てると、/「眼光は鋭いし、
  それに大きな鼻をしている。孔寧、そなたに似ているぞ。あれはそなたの子ではないのか」
  /「なにをいわれます。口から顎にかけては殿にそっくりですよ。殿こそ、われわれを
  いつわって夏御叔の生きていたころから夏姫をものにしておられたのではありませんか」
  /孔寧がそういうと、儀行父が、/「いや、あれは誰の子かわかりませんよ。おそらく
  夏姫にもわからんのじゃありませんか。雑種の子というところですかな」/といい、
  三人はどっと笑いだした。/徴舒は思わず衝立の端をにぎった。身体がわなわなふるえて、
  衝立が鳴った。

これなら分かる^_^;
駒田らしくエロ描写も多い同『夏姫物語』(徳間文庫,1991)209~210頁も

  ・・・霊公の大声がきこえてきた。/「徴舒は弱年ながら堂々たる体軀をしているな」/
  自分のことがいわれているので、はっとして一層きき耳を立てると、/「眼光は鋭いし、
  それに大きな鼻をしている。孔寧、そなたに似ているぞ。あれはそなたの子ではないのか」
  /「なにをいわれます。口から顎にかけては陛下にそっくりでございます。陛下こそ、
  わたしたちの目をかすめて、夏御叔の生前から夏姫をものにしておられたのでは
  ありませんか」/「うん。そうだったらどんなによかったと思うよ。もっと早く夏姫を
  知っていたらと、残念でならんよ」/「徴舒はだれの子かわかりませんよ」/といいだした
  のは孔寧だった。「おそらく夏姫にもわからんのじゃありませんか。雑種の子というところ
  ですかな」/三人はどっと笑いあった。三人は徴舒が衝立のかげで体をふるわせながら
  きいているとは気づかない。 
  
更に遣り取りが自然になって、これなら辻褄も合うね^_^;

んで、海音寺はどうかと言えば、そのシーンは本書14頁にある。

  ・・・この夏、徴舒の家に祝いごとがあって、多数の人々を招待した時、陳王は酒興に
  乗じて、二大夫に言った。/「おい、ちょっと見い。徴舒は、お前達二人に似ているぞ。
  顔は孔寧に似ており、姿は儀行父にそっくりだ」/二大夫は、笑いながら、やりかえした。
  /「とんでもございません。顔も、姿も、君公にそっくりでございます」/この悪謔が、
  徴舒の耳に入った。/母の素行については、かねてから苦にしていた徴舒だ。さっと
  顔色をかえた。

宮城谷のとほぼ同じ^_^; 同じ史料(春秋左氏伝?)に基づいているからだろうね^_^;
でも、本書は、この後、陳の霊公が夏徴舒に討たれ、孔寧と儀行父が楚に亡命してきたので、
その訴えを取り上げて、楚が夏徴舒の陳を征伐すべきかどうかを決める会議の場面となり、
その中で夏姫のことが話題になる(本書20~21頁)。

  「しかし、妙な女でございますな。同時に三人に通じて、三人を満足させ、喧嘩させな
  かったというのは、ただものではございませんぞ」/と、皆、大いに興味を感じた風で
  あった。/「三人どころか、三人が、徴舒を、君公に似ている、いや、お前に似ている、
  と、互いにからかい合った所を見ると、徴舒の生まれる前、つまり、夫の生きている頃から、
  もう関係があったものと思われる。果たしてそうなら、同時に四人をあやつっていた時期
  もあるわけだよ」/「これはすごい。こうなると、その女を一見するためにも、北伐の必要
  がありますな」/と、誰かが言ったので、一同、どっと笑った。
  
この楚の荘王の発言は、海音寺自身の史料解釈なのかもね(^_^;)

おそらく宮城谷、駒田、海音寺が依拠した史料はメチャ簡略な記述なんだろうね^_^;
その簡略な記述をどう肉付けして料理(小説化)するかが、腕の見せ所なわけだ(^^)v
おいしゅうございましたm(__)m

早く駒田信二『中国妖女伝』(旺文社文庫,1985)が届かないかな(^^)

[追記]
『史記』の陳杞世家に「[霊公]十五年、霊公与二子飲於夏氏。公戯二子曰、徴舒似汝。
二子曰、亦似公。徴舒怒。」とあるみたい^_^;

更に追記^_^; 出先で確認できると便利な情報(本書の目次)を書き忘れた^_^;

  妖艶伝
  魚腹剣・中国剣士伝
  軑侯夫人の時代
  遥州畸人伝
  美女と黄金
  鉄騎大江を渡る
  天公将軍張角
  崑崙の魔術師
  蘭陵の夜叉姫

ほぼコンプリートしたけど、存在も知らなかった単行本とかあるかもしらんからね^_^;
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