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森田誠吾『曲亭馬琴遺稿』

団鬼六に幻冬舎かフランス書院がこのネタと資料を提供し
背徳的・官能的な時代小説を執筆依頼すべきだったね(^_^;)

副題も秀逸な米沢嘉博『戦後野球マンガ史~手塚治虫のいない風景』(平凡社新書,2002)
129頁は1972年の本宮ひろ志「群竜伝」を水滸伝や南総里見八犬伝を「下敷」にする漫画の
筆頭に挙げるが、八犬伝を下敷きにした漫画で一番有名なのはやはり同じ年に連載開始の
遠藤史朗&中島徳博「アストロ球団」だよね(^^) ビクトリー球団戦で重傷を負わされて
退場したはずの球五が試合終盤に戦列復帰して打席に立つシーンとか鳥肌もんだよ(^_^;)

他方、40年近く前に公共図書館で原作に忠実かつ本格的な漫画(サイズ的には学習漫画で、
斎藤道三の伝記漫画もあった)の南総里見八犬伝の第1巻(八房が敵将の安西景連の首を
取ってくる話に始まり、犬塚信乃が村雨丸を擦り替えられ、芳流閣の場面までだった記憶)
を読んだけど、今ネットや国会図書館ОPACで調べても、この漫画は見付からない(+_+)

さも原作を読んだかのような口吻だが、曲亭馬琴(小池藤五郎校訂)『南総里見八犬伝』
(岩波文庫,1990)全十冊は分売不可だったゆえ学生時に泣く泣く購入も未読のまま(..)

平岩弓枝(文)佐多芳郎(画)『南総里見八犬伝』(中公文庫,1995)
安西篤子『わたしの古典 安西篤子の南総里見八犬伝』(集英社文庫,1996)

両書を読んで、もう南総里見八犬伝は読んだつもりになっている小生です(^_^;)
原典を読まずに言うのもナンだが、両書とも面白かった(^^) ただ、平岩のは、例えば、

  ・・・関東公方の足利持氏が庶子であるために、将軍になることが出来ず、・・・

といった具合に(同書66頁)、首を傾げたくなる叙述が散見され気になって仕方ないが、
安西のは巻末に付く詳細な「登場人物紹介」が、ただでさえ覚えにくい馬琴ならではの
変な名前のキャラが多い上にソレが久しぶりに再登場した際など大変重宝しました(^^)

さて、森田誠吾『曲亭馬琴遺稿』(新潮文庫,1990)は、木村黙老からの依頼をきっかけに
思い付いた「近世物之本江戸作者部類」を主に執筆しながら、晩年の馬琴が自らの生涯を、
忘れ得ぬ人々ともども、回顧する、という構成になってる(ただ、盲目となった後、特に
長男の故・宗伯の妻である路との二人三脚で八犬伝を完結させる話までは描いていない)。
馬琴は、この「近世物之本江戸作者部類」について、まだ執筆前にもかかわらず、

  ・・・幻の中の赤本作者丈阿を筆頭に、畸人建部綾足、奇才平賀源内、大秀才大田南畝、
  そして、江戸一の戯作者山東京伝を経て、読み本の巨擘たるこの曲亭馬琴に及ぶ
  群雄登場の作者列伝となり、百年に渡る江戸小説水滸伝と称するにたろう。

と自負するが(本書12~13頁)、実は本書そのものが、いわば「百年に渡る江戸小説水滸伝」
あるいは「同時代江戸文壇史」(本書281頁あとがき)、「江戸小説史」(森田・後掲書76頁)
となってるのだから、そんな本書が面白くならないわけがないのだ(^^) 上記の人々に加えて、
文溪堂丁字屋平兵衛(丁平)、群玉堂河内屋茂平衛(河茂)、渡辺登(崋山)、蔦屋重三郎、
山東京山、殿村篠斎、小津桂窓、鶴屋喜右衛門、鈴木牧之(どう弁護しても『北越雪譜』出版
経緯は馬琴に非が)、恋川春町、朋誠堂喜三二、鈴木春信、万象亭(森羅万象・森島中良)、
十返舎一九、式亭三馬、喜多武清、歌川豊国、伊賀屋勘右衛門、葛飾北斎、住吉屋政五郎、
角丸屋甚助、為永春水(三鷺・越前屋長次郎)、西村屋与八、平林庄五郎(平林堂)、
山崎平八(山青堂)、美濃屋甚三郎(美濃甚)、河内屋長兵衛、柳亭種彦・・・といった
作者、画工、板元、富商、質屋が登場し、個人的には非常に面白い歴史小説だった(^^)

岩田秀行が本書の解説で、

  ・・・本書を書くにあたって森田の取った方法は、研究者のそれに極めて近いものがある。

と評すように(本書299頁)、細部にこだわり、徹底的に考証したことは素人目にも分かる
(なお、本書73頁3行目の「・・・宗伯もしばらく金嶺に学び、・・・」は誰でも分かるけど
「(金子)金陵」の誤植。ちなみに、宗伯の別号は琴嶺)。ただ、それが逆効果となったのか、
1981年の第85回直木賞は落選してしまった(後に別の作品で受賞できたけどね)(^_^;)

サイト「直木賞のすべて」から当時の否定的な選評を幾つか孫引きさせて頂くm(__)m

http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun94MS.htm

  [村上元三]
  よく調べてあるが、読み終って、素材だけをならべて読まされたような気がした。
  小説としての燃焼が不足があり、この素材をこなして書くのが小説だと思う。

  [源氏鶏太]
  当時のジャーナリストの世界を綿密な調査によって活写している。が、小説として読むと、
  馬琴像が十分に描かれているとはいえないようである。

  [山口瞳]
  洒落本の研究であって、文学(小説)ではない。

彼ら大家から見れば、本書は〈小説化されてない〉〈文学ではない〉ということか(^_^;)
『海音寺潮五郎全集 第十七巻 武将列伝 下』(朝日新聞社,1970)504頁の「あとがき」を
思い出した(^^) もう選考委員も辞めて亡くなってたけど、海音寺なら反駁したかも(^_^;)

  思い出すことがあります。武将列伝が、最初に書いた六人を一冊にしてはじめて出版
  された時、いろいろな新聞や雑誌で書評されましたが、その一つにある知名な作家が、
  「よく努力して資料が集められているが、勝負はこれからだ、これをどう文学化するか
  が問題だ」/と、書いたのがありました。評者はこれはまだ文学ではないと考えていた
  わけです。たぶん、評者の考えている文学とは小説だけなのでしょう。わたしは苦笑
  しないではいられませんでした。日本人の文学観からは史伝というジャンルは長い間
  忘れられていたのですね。/かと思うと、故中山義秀氏は、ある席で、/「あれで
  いいのだね、あれでいいのだね」/と、笑って言いました。すぐれた歴史小説の作家
  でもあった中山氏には、歴史文学ではここまでが最も肝心なことで、文学として
  根本的なものは全部そろっており、これをフィクション化することは、一人前の作家
  にとってはもう大して骨の折れる仕事ではないことがわかっていたのです。知己の言を
  聞く思いがしたことでした。

なお、本書282頁「あとがき」で委細を尽くした解題も付して「近世物之本江戸作者部類」
を私家版で復刻したことへの敬意が捧げられ、また馬琴研究では必ずその名前が出てくる
木村三四吾。その「傑物」ぶりを伝えるエピソードを谷沢永一『紙つぶて 自作自注最終版』
(文藝春秋,2005)195頁が紹介していることも、忘れないようにメモっておこう(^_^;)

続けて読んだのが、杉本苑子『杉本苑子全集 第8巻 滝沢馬琴』(中央公論社,1998)。

馬琴と路を描いた一ノ関圭の「茎」(「水茎」と改題され、1992年の小学館叢書版および
2000年の小学館文庫版の『茶箱広重』所収)で「参考資料」に挙げられていたから(^^)

ちなみに、この「茎」の初出は、ビッグコミック誌の1982年2月10日号だったようだけど、
一ノ関の単行本なら、ビッグコミック賞作家作品集①『らんぷの下』や同②『裸のお百』
は1980年の発行だが、同⑤の『茶箱広重』は1983年発行ゆえ同作品も収録できたはず・・・
まぁ、この漫画家は謎だらけだしね(^_^;) なお、彼女の『鼻紙写楽』(小学館,2015)
424~425頁で馬琴と北斎が口論となる遣り取りは、杉本の同書110頁に出ていた(^^)

杉本は永井路子との対談本『ごめんあそばせ 独断日本史』(中公文庫,1988)を興味深く
読んだことがあるだけで(この本は馬琴、路、只野真葛も論じてる)、小説は今回が初。

『杉本苑子全集 第8巻 滝沢馬琴』記載の情報だと、この杉本の『滝沢馬琴』は1977年に
文藝春秋から上下2巻の書下ろしで(中公の出版物にありがちとはいえ、文春、講談社に
よる文庫化の情報は載ってない)、付属の月報12によれば、吉川英治文学賞を受賞の由、
実際面白く、ヴォリュームあるのに短時日で一気に読了(^^) 吉川英治の弟子だけあって
(という言い方は良くない?)、杉本の時代小説作家としての腕は確かで、馬琴の親戚
が多い上にやたら登場・活躍するけど、人物描写が巧みなため、同書巻頭に掲載された
「滝沢家略系図」は結局ほとんど参照する必要もなかったぐらい(^^) ただ、登場人物、
特に女性が現代人みたいな感じがしたのは気になったけど、これは印象批評ですm(__)m

森田のと比較すると、ともにおそらく馬琴の日記等を基に馬琴とその周辺を描いたから
(架空の人物を除けば)登場人物はほぼ同じだけど、北斎の娘で絵師の応為、矢部定謙、
式亭小三馬、松亭金水といった森田作品には登場しない人物や馬琴の親戚・姻戚までも
杉本作品では活躍するし、また馬琴と只野真葛との手紙での交流にも頁が割かれていた。
逆に木村黙老、殿村篠斎、小津桂窓との交流は言及する程度で、更に言えば、馬琴の
会田家への婿入り=お百との縁談の経緯を始め、幾つか森田のとは異なる叙述・設定に
目が留まるも、それだけ小説化されてるということか(^_^;)。また馬琴自身深く交流し、
宗伯の件で世話になった渡辺登(崋山)が蛮社の獄で検挙された際の馬琴の対応の酷さ
や小心者ぶりという主人公の嫌な部分までちゃんと杉本は描ききったのも良かった(^^)

みなもと太郎『風雲児たち』で感涙を呼ぶほど社会正義を貫く硬骨漢にキャラ造形された
矢部定謙が「熾烈な出世欲に、矢部は若いころからとりつかれている典型的な官僚だった」
(同書310頁)と断じるぐらい嫌~な人物に描写されてたのは興味深い(^_^;) 評伝と思い
予約したキャサリン・ゴヴィエ『北斎と応為』上下(彩流社,2014)は御国の出版事情の
せいかもしれんが無駄に長い小説(下巻著者あとがきは評論風)だったこともメモ(+_+)

杉本は「あとがき」(同書423頁)で小説の構成上の理由から史実と異なる叙述をした点を
例示してるのはありがたいね(^^) ただ、それ以外にも、杉本同書414頁だと、松亭金水が
二代目為永春水と名乗って『かなよみ八犬伝』を歌川国芳の挿画で出したとしてるが(この
小説の展開的には面白い)、wikiだと二世為永春水を名乗り『仮名読八犬伝』を出したのは
染崎延房となってる(^_^;) また清右衛門正次をお幸(馬琴の長女)の養子嗣(養女つぎと
結婚)と杉本はするが、史実ではお幸と再婚みたい(ひたすら退屈で巻末「文献目録」しか
役に立たぬ高牧實『馬琴一家の江戸暮らし』[中公新書,2003]巻頭「滝沢馬琴系図」参照)。
更に、崋山による有名な宗伯の肖像画は、森田・後掲書54頁によると馬琴の依頼に基づく
ものなのに、杉本は宗伯が依頼していたことにしたのは劇的効果を高める小説技法か(^_^;)

参考までに、杉本苑子「滝沢みちと只野真葛」円地文子監修『人物日本の女性史 10
江戸期女性の生きかた』(集英社,1977)所収も読んだけど、啓蒙的な良い読み物(^^)

「滝沢路女のこと」および「馬琴日記から」の二部から成る森田誠吾『江戸の明け暮れ』
(新潮社,1992)も読んだが、ともにフィクションではなく、特に実証的な路の伝記である
前者は超面白く良かった(^^) 森田、杉本の両小説の読了後だとヨリ感懐深いものが(;_;)
また、両目を失明した馬琴が、一字一句ごとに漢字や仮名遣いを路に教えて口述筆記させ、
終には八犬伝を完成させる有名な話についても、同書80頁は次のように断じている(^_^;)

  ・・・そうではなく、お路はすでに、書簡の代筆などにより、相応の書写能力を
  身につけていた筈である。/二人の苦労話[八犬伝最終巻あとがき「回外剰筆」]は
  嘘ではないにしても、ほとんどが『八犬伝』代筆以前のことであり、・・・

芥川龍之介「戯作三昧」同『戯作三昧・一塊の土』(新潮文庫,1968→1993改版)も読んだが、
イメージ通りというか、中村真一郎による「解説」(同書290頁)の通りで、

  ・・・単なる歴史小説ではなくて、・・・「戯作三昧」における化政天保頃の流行作家たる
  滝沢馬琴も、『八犬伝』の作者の、図太い狡猾な偽君子ではなくて、何と純情な文学青年で
  あることだろう。ここでも文学の世界に乗りだしたばかりの作者の、芸術に対する純粋な、
  少年のような信念が、馬琴の姿を借りて描き出されている。

歴史上の馬琴とはあまり関係ないということね(-_-) それにしても、中村が書いた「解説」
(同書287~292頁)だけど、こんなに頭にすぅーっと入ってくる明晰かつ簡潔な日本文学論、
日本文学史における芥川の位置付けは初めて読んだよ(T_T) 恐れ入谷の鬼子母ブタm(__)m

なお、同書の神田由美子による「注解」は非常に助かったんだけど、同書255頁の「改名主」
の説明だけは遣っ付け仕事だね(+_+) 森田の本書290頁の新潮文庫編集部による「注解」の
「改行事」(改名主・改掛名主と同じ由)の説明の方が適切だと思うな(^_^;)

さて、森田、杉本の両作品が依拠した(であろう)史料だが、ベースとなる「馬琴日記」は
関東大震災よる焼失や遺稿類流出による所在不明で欠けている年もあるらしいけど、

  だが、馬琴の恐るべき記録癖は、「日記」に止らず、他の記録にも及んでいるので、
  その空白を埋めることは可能である。/まず、宗伯の死後、その死を悼んで短い生涯を
  たどった『後の為乃記』がある。/次いで、滝沢家の祖に始まり、天保十四年までの
  家の歴史を詳述した家記『吾仏乃記』がある。/また、読書随想録である『著作堂雑記』
  四十巻の抄録と、焼失した「日記」の簡略な抜粋とが、明治の人々によって遺されている。
  /更に、馬琴が各地に送った長文の書簡も遺って、経過の空隙を埋めるのである。

と森田『江戸の明け暮れ』51~52頁は解説している(^^) 先人の日記を読むことの効用として、
森銑三「馬琴とその日記」同『史伝閑歩』(中公文庫,1989)96~97頁は、

  古人の日記を見て行くと、それには意外なといっていい人物の登場するのを例とする。
  それが古い日記を読む楽しみの一つにもなるのであるが、単調に終始する馬琴の日記にも、
  意外な人物の登場がないでもない。

として『馬琴日記』の第一巻と第二巻では二世蜀山人となった文宝亭こと亀屋久右衛門と
農学者の大蔵永常こと大蔵十九兵衛を挙げていた。大蔵永常が登場するのは、たしかに
「やや意外な事実」(同97頁)ゆえ、こーゆーのが時代小説のネタになるんだろうね(^^)

他方、馬琴の日記から驚愕の事実を読み取ったのが、中村真一郎『全ての人は過ぎて行く』
(新潮社,1998)233頁(「10 芸術か官能か」の「日記文学の本質」の節)で、

  これ[「男女両様の愛人や浮気相手や暴行の対象までに亘って、その壮絶な政治闘争
  同様に、いちいち書きつけてい」た藤原頼長『台記』]と匹敵する日記は、江戸後期の
  大作家、滝沢馬琴の『八犬伝』制作過程の創作日記で、ここでは彼の息子の妻であり、
  自分の秘書である女性との、異常に激しい性的交渉が暗号によって記録されている。/
  年老いて視力を失った馬琴は、ライフ・ワークの完成のために、その創作力を振い立たせ
  ようとして、情熱の異常昂奮を自覚的に計画した形跡が濃厚である。それは芸術至上主義
  的人生観を想像させる。/同じ時代に信州の雪に埋もれた寒村では、壮年を過ぎた俳人
  一茶も、その閨房の記録を情熱的に書き留めていたが、馬琴の場合、幼稚な暗号によって、
  性的交渉の様々な種類を正確に記録しようという態度は、『八犬伝』の執筆への情熱と
  分ち難く融合している。/馬琴は抱擁の姿勢の変化や、又、口唇愛や、69の体形や、
  女体の様々の部所から引き出す快楽を、淫しながら同時に公表したいという矛盾した衝動
  に駆られているので、閨房という秘所の秘密の場合、独特の昂揚感に捉われていることで、
  頼長の両性征服(時には逆の被征服の場合もあるが)を克明に公表したいという欲求と
  見事に共通する。
  
マジかよ(*_*) 「戯作三昧」の解説で「図太い狡猾な偽君子」と酷評した所以かしら(^_^;)
でも、誰も書いてないぞ(+_+) 中村は暗号解読のプロ、敏腕スパイだったのか(..) 事実なら、
杉本のは勿論、「男女の仲は親が許してこその馬琴の持説を、源内に説こうとは思わないが、
不義密通を鼓舞してよいとは思われない。」と難じさせた森田(本書171頁)も瓦解だ(-_-)

[追記151216]

上述の平岩弓枝の前掲『南総里見八犬伝』66頁にある首を傾げたくなる次の叙述(@_@)

  ・・・関東公方の足利持氏が庶子であるために、将軍になることが出来ず、・・・

もしかしたら前掲・曲亭馬琴(小池藤五郎校訂)『南総里見八犬伝(一)』17頁の

  時に鎌倉の持氏卿、自立の志頻にして、執権憲実の諫を用ひず、
  忽地[たちまち]嫡庶の義をわすれて、室町将軍義教公と、確執に及びしかば、・・・

に拠ってたのかも^_^; もしそうなら、平岩は〈誤訳〉もしてたわけだ(-_-)
なお、気になる点があったけど、指摘すると、また馬鹿とコメントされちゃうかしら^_^;
学生時代のことを思い出したが、ゼミの先輩某氏が我妻栄のことを神の如く崇拝していて、
「我妻説を批判すると、某に刑罰権が発生する」とまで言われていた^_^;
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