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佐々木健一『辞書になった男』

ミステリーというより、週刊誌のスクープ記事を後追いして
ワイドショー番組を作るTV局の手法が特徴、要は人の褌で相撲を取ってる
佐々木健一『辞書になった男~ケンボー先生と山田先生』(文藝春秋,2014)。
といっても著者は民放ではなくNHKのディレクターだけど、
そこはNHKらしく「過剰な演出」とやらも駆使していたようだ(^_^;)

本書は新明解国語辞典の謎の1つである【時点】の用例の「意味」に始まり、
見坊豪紀(三省堂国語辞典)と山田忠雄(新明解)の人間関係(の推移)を、
各々の辞書の記述から「心情」を読み取ることでミステリー風に解き明かしていくが、
(その方法に根本的な疑問を抱きつつも)読んでいて世評通りの面白さだった(^^)
契機となった【時点】は、もともと赤瀬川原平『新解さんの謎』(文春文庫,1999)110頁が
取り上げてヒントも出してたところ、柴田武監修&武藤康史編『明解物語』(三省堂,2001)
250頁の柴田武の発言内容に着目しただけ、というコロンブスの卵ではあってもね(^_^;)

本書読了後に『明解物語』(2015年5月16日付ブログ)を読んで判明したのは、
本書の内容の多くは『明解物語』が初めて明らかにした情報に負っていて(本書335頁
「あとがき」も「・・・『明解物語』がなければ・・・この本の存在もなかった。」とする)、
本書は、ほとんど二番煎じ、言わばパクリ本に近いということ(+_+)
ギュラリーフェイク・オーナー藤田玲司に言われちゃうぞ、「あばよ、パクリ野郎!」と(`´)
そもそも「ケンボー先生」というネーミング(理由は本書24、153頁)からして、
「新解さん」に続けとばかり、二匹目の泥鰌狙いの臭いがプンプン(^_^;)
その『新解さんの謎』と同じように、新明解の語釈・用例を基にはしてるけど、
赤瀬川は「新解さん」という1人の謎の人物を芸術的な手際で造形したのに対し、
本書は山田と見坊という2人の実在の人物の人間関係をTV的演出で想像・創造する。

本書を読み始めて先ず呆れたのが、やたら改行していること。
無意味な改行の繰り返しは、枚数を増やして内容の薄さをカバーするための常套手段。
冗長な部分や、例えば本書168頁の「言葉の海」ならぬ「砂」だの「砂漠」だのといった
著者の恥ず~い文学趣味のレトリックなどを削れば、新書サイズで充分だったはず(^_^;)
文字数が限られてるインタビュー原稿ゆえ、読者のために少しでも多くの情報量を
詰め込もうと滅多に改行などせず、常にひっつめて書いている
吉田豪を本書の著者なども見習ってほしいものです(`´)
親方日の丸体質のNHK職員にサービス精神を求めても無理か←失礼m(__)m

この〈やたら改行〉が困った状況を招いている。
本書では引用文を1行空けてから2字下げで紹介するが、
何故か引用文も2行目以降となると1字下げになってしまっている。
その結果、この引用の仕方が、本文の〈やたら改行〉と相俟って、
本文と引用文の区別がつきにくくなるのだ(+_+)

引用文は本文と明瞭に区分しないと、著作権法違反となる(-_-)
といっても、本書自体が『明解物語』のパクリのような作品なので、
他人の見解をパクっているように読者に受け取られても気にしないのかも(^_^;)
コンプライアンスがヨリ求められている時代なのにね。

本書の内容の多くは『明解物語』が既に明らかにしていたもので、
本書が人の褌で相撲を取ってることは『明解物語』を読めば一目瞭然だ。
とはいえ、本書による新事実の発覚もあるので、出版の価値は充分にある。
『明解物語』より広い範囲の関係者に取材し貴重な証言も引き出しているからだ。
ただ、後追いするTVのワイドショーと同じで、元の雑誌スクープ記事に比べて、
リサーチが不充分な印象は拭えない。ノンフィクション作品で調査不足は致命的だけど(^_^;)

この調査不足に関しては、1つだけ指摘しておく。

書名からして山田と見坊の対比列伝になるはずの本書だが、それぞれへの調査が著しく
バランスを欠いていることは否めないだろう。新明解の用例から著者が読み取ろうとする
山田の「真意」「本音」「心情」を裏付ける判断材料、補強証拠が圧倒的に不足している。
例えば、『新解さんの謎』の「あとがき」の書き出しを見てみると(同書299頁)、

  ぼくはまだ新解さんという人物に会ったことはないのだけど・・・いちど仲介者を
  通して会見を申し込んだこともあるのだけど、/「まあ会わん方がええでしょう」/
  というご返事をいただいたそうで・・・  

同書125頁は「そうか、新解さんは江戸っ子か。」と書いていたが、この訛りからは
山田は関西出身と推測されよう。ところが、本書76頁の山田の生い立ち紹介の記述は、
生年月日の後はいきなり東大入学で、どこで生まれ育ったのかは全く書かれていない。
見坊については本書69頁に一通り記され、家族にも取材し、その証言が決定的な位置を
本書では占めている。息子の山田明雄への取材が出来なかった事情(本書334頁)は
理解できるが、国語学の権威であり文化勲章も受章した父親の山田孝雄との関係は
もっと調べるべきだった(山田孝雄のことは76~78、239~240頁に少し書かれている)。
そもそも人格形成に深い関わりを持つ生い立ちや家族(特に親)との関係も調べずに、
残された作品(しかも辞書)だけを頼りに、その心中を探ろうとするのは無理無謀な話である。
もちろん、著者は、

  「二人が記した語釈や用例を、山田忠雄と見坊豪紀の人生の歩みと照らし合わせながら
  検証し、辞書に刻まれた記述を元に、秘められた二人の心情に迫る」/という試み・・・

を目指したようだが(本書61頁)、「山田忠雄・・・の人生の歩みと照らし合わせながら
[の]検証」が充分には行われてないことは上記の通りである。故に本書の描く山田は
謎の人物のまま終始している。例えば、本書191頁で紹介されているケースでも、

  『新明解』の奥付にも、山田忠雄の名前の下にだけ「主幹」という表記がなされて
  いた。これまでの『明国』初版・改訂版や『三国』初版では、金田一京助が別格扱い
  として「監修」という肩書きを添えられることはあったが、見坊、山田、金田一春彦
  といった編者たちには肩書はなく、ただ「編者」として併記されるだけだった。/
  これまでは見坊が中心的な役割を果たしていたが、『新明解』では違うということが
  はっきりと打ち出されていた。/こうした扱いを、本人はどう感じていたのか。

と見坊の心情を推測するばかりで、エゴとも言える山田の行為の動機は不明のままだ。
そこで、この山田がとった行動の心理を推察するため小生なりに補助線を引いてみる。
民法学の泰斗で文化勲章も受章した我妻栄の息子、我妻洋による「不肖の子」と題した
文章がソレだ(我妻栄追悼特集号であるジュリスト臨時増刊1974年6月21日号76~79頁)。

  私の人生にとって、父は大きな負担であった。・・・少し極言すると、私は、
  父に向って自分も「そう満更捨てたものではない」ことを証明したくて、
  そのことを父に認めてもらいたくて、努力を重ねてきた。

なぜ「父は大きな負担」となっていたのか、それは次のように明かされる。

  私は「不肖の子」と自覚して育った。どこへ行っても私は「我妻栄先生の長男」であり、
  学校の成績が悪ければ「父に似ぬ不出来の子」であり、成績がよければ「あれだけ偉い
  父親を持っていればできるのは当然」なのであった。

ちなみに、この文章は巧いオチをつけて締めているし、心理学から文化人類学へと進み、
『社会心理学入門』上・下(講談社学術文庫,1987)という好著も出し、その晩年の姿は
加藤恭子&我妻令子『メガホンの講義~文化人類学者・我妻洋の闘い』(文藝春秋,1987)
で描かれたように、我妻洋は決して「不肖の子」ではなかった(;_;)

この「偉い父親」を持つ子の心理は、国語学という親と同じ学問分野に進んだ
山田忠雄の場合、ヨリ強くなると考えられよう。 つまり、前述の山田のエゴも
偉大な父を持ったが故の承認欲求の表れと解釈できるのではないか? 本書207頁に、

  さらに、倉持[保男]さんはもう一言付け加えた。/「人間の欲望で言えば、
  山田忠雄の仕事として一冊の辞書を残したいという気持ちがあったと思う」

山田の場合、この「欲望」は人並み以上に強くならざるをえなかったというわけだ。
このような「偉い父親」を持つ子の心理など、誰でもすぐに思い付くものだろう。
でも、著者は人の心情を探ろうとするが、どうも人の機微には通じていないように
思われる節がある(^_^;) 本書44頁によれば、映画にもなった三浦しをん『舟を編む』
(光文社,2011)の大ヒットを辞書関係者も喜んだと考えていた由。同作品は主人公の
辞書編集部員を戯画的なまでに変人として描いたのだから、浅はかというものだ(^_^;)
それでは「偉い父親」を持つ子の心理にまで思いが及ばなかったことだろう。

ついでに指摘だけするが、本書90~93頁に書かれている金田一京助の名義貸しの問題は、
春彦が文藝春秋1972年3月号の「父よ あなたは強かった」で既に明かしていた事実では?

事程左様に調査不足と思えた点が多く、この程度で「傑作ノンフィクション」(本書腰巻)
と豪語されちゃあ、他のノンフィンクション作家の皆さんが怒りませんかね(^_^;)

『明解物語』のパクリ本と評したけど、『明解物語』を充分に読み込んでいないのか、
その情報を生かしきれてない点もあり、読んでて歯痒くなるところもあった(+_+)
例えば、2人の関係がこじれる契機となった新明解の初版の序文に関し、本書217頁は、

  序文に載る「見坊に事故有り」は、三省堂の中でも本当にごく一部の人間しか
  事前に、目を通していなかった。/当時、辞書出版部長代理を務めていた
  小林保民さんですら見ていなかったという。・・・小林さんは、事前に序文を
  見た記憶が全く無いことが、自分でも不思議だとこぼされた。/当時から山田は、
  編集担当者の間では有名な「強面」で通っていた。ゲラに山田が書いたことを
  示す印がついていると、誰もそれ以上手を加えることがなかった。/そうした
  状況があり、山田が書いた序文原稿を事前に見て、問題が起こる可能性を指摘
  する人が、誰一人いなかったことも関係していたのでないかという。

ところが、三省堂側で新明解の初版から第四版まで担当していた三上幸子は
『明解物語』359頁で次のように証言していた。

  ・・・あの序文も、会社としては「ちょっと困る」と言ったみたいですけども。

社内に「序文原稿を事前に見て・・・問題が起こる可能性を指摘する人が」いたわけで、
このように小林の記憶とは異なる三上の証言が載っていたのに、著者はスルーしちゃう。
ノンフィンクション作品というなら関係者に徹底的に取材して事実を明らかにしたはず(-_-)

また、例えば、「見坊は、世事にとらわれない【飄飄】とした人物だった」として、
金田一春彦が見坊を誘って「落語を聞きに行った」際のエピソードを紹介している
(本書116~117頁)。隣に座る見坊が「まったく笑っていなかった。真面目な顔をして
落語を聴いている」ので、落語の滑稽の味がわからないのかと金田一が尋ねると、
「今の洒落は効いてましたなぁ~。この人はなかなか滑稽なことを言いますなぁ~」と、
いつもの「間延びしたような、力の抜けたしゃべり方」で答えたという。金田一は
「あれ(見坊)は、家に帰ったらまとめて笑うのかね?」と他の人に漏らした由。

  見坊は、決してユーモアがわからない人ではなかった。落語という話芸の世界に
  引き込まれていた。落語家が発する魅力的な「ことば」を、ひと言も逃したく
  なかったのだ。/だから、笑いもせず、真剣に落語に耳を傾けていた。/見坊は
  淡白でさっぱりした性格だったが、ただ一点「ことば」については並々ならぬ
  執着があった。

とするが、「ユーモアがわからない人ではなかった」とする根拠を何も示さないので
フォローにならず、これでは、見坊は「馬締光也」の如き変人だったかのように読者に
受け止られかねない(+_+) このエピソードは、見坊がその全てをワードハンティング
(用例採集)に捧げていた文脈(本書も他の箇所で紹介する)において解すべきであり、
『明解物語』119頁に転載されている「日本語のワード・コレクション100万枚」と
題した昭和49年2月5日の毎日新聞夕刊ひと欄の記事中に、見坊が自らを「文学少年、
っていうより、落語少年でしたね」とコメントしてた事実も紹介していれば、
このエピソードの凄みがヨリ増したであろうに、読んでて惜しまれた件だった(;_;)

なお、上記要約部分で引用した「落語を聞きに行った」と「落語を聴いている」。
本書117頁上では、たった1行を挟んだだけで、その対象は同じ落語にもかかわらず、
「聞く」と「聴く」との書き分けに何か意味があるのかしら? 細かいようだけど、
「ことば」に対する著者の(いい加減な)姿勢も垣間見ることができるわな(^_^;)

このように本書は『明解物語』を活用しきれてない一方、パクリそのものもある。
本書256~257頁の「わずか一〇文字に込めた【常識】」と題した一節がソレだ。

  見坊が、世の中をどのような目で見つめていたかが垣間見えることばがある。/
  【常識】ということばだ。・・・

   じょうしき【常識】その社会が共通に持つ、知識または考え方。コモンセンス。(『三国』三版)

  「その社会が共通に持つ」というわずか一〇文字の中に、【常識】とは
  「社会によって違うものだ」という意味を込めていた。/現『三国』編者である
  飯間浩明さんは、この【常識】に、ケンボー先生の辞書編纂者としての真髄を見出していた。/
  「他の辞書が『普通の人が・・・・・・』や『一般の人が・・・・・・』とか、
  『誰が考えても同じこと・・・・・・』と書くところを、
  【常識】ってそういうものじゃないよ、と短く、私たちに教えてくれている。
  『その社会が共通に持つ』という風にさらっと書いていますが、
  地域や時代、状況によって【常識】というのはさまざまに変化する、と」

飯間は三国の【常識】の語釈に込められた相対主義を鮮やかに説明してくれているね。
だけど、『明解物語』127頁の『三国』第三版のパンフレットの内容紹介を件を見ると、

  諸家の推薦文の一部を引くと(肩書も記載のものを写す)、
  野元菊雄(国立国語研究所日本語センター長)は次のように書いている。/

    語釈では例えば「常識」というようなごく普通の語で、他の辞書が
    「普通の人が・・・・・・」「一般人が・・・・・・」などで始めるのに対して、
    「その社会が共通に持つ・・・・・・」としています。常識は社会ごとに違う、
    という意見を持つわたしにはピッタリした語釈だ、というように一語一語
    よく考えてあり、・・・

三国の【常識】の語釈に対する、飯間の評は野元の評と同じじゃんっ!
野元が既に指摘していたことを、さも自分の見解であるかの如く
飯間は語っているけど、これは明らかなパクリだわな(-_-)  
著者に『明解物語』を紹介しておいて(本書27頁)、未読のはずはないし。
飯間は「長年、辞書界に蔓延してきた〝盗用・剽窃〟体質」(本書173頁)に、
全身どっぷり浸かっていて、無意識に〝盗用・剽窃〟しちゃったのかしら(^_^;)
でも無意識に他人の見解を自己の見解として喋っちゃったのなら、他でも本人は
気付かぬまま同様に〝盗用・剽窃〟してる可能性もあり、飯間の著作物は要注意だな(+_+)
『明解物語』を読んだはずの著者も野元の評をスルーして飯間の評を紹介してるのは、
やはり本書自体が『明解物語』のパクリだから、問題発言とは気付かないのだろう(^_^;)
本書の発行日は2014年2月10日。博士論文の盗用・剽窃疑惑が社会問題化していた時期に、
本書は売れ行きを着実に伸ばし、堂々と賞まで貰っちゃったんだから凄いよね(^_^;)

さて、著者が採用した独自のアプローチである、

  辞書に載る「ことば」から二人の心情を探る作業

だが(本書334頁)、既に指摘した点の他に、根本的な疑問が2つある。第1の疑問は、
「二人の心情を探」ろうと本書がピックアップした「用例」は「作例」であるというのが、
その立論の前提となっているが、この前提には根拠がない点である(『新解さんの謎』も
新明解の面白い用例を「私小説」「文学」「物語」などと評していて、やはり作例だと
思い込んでいた節がある)。たしかに作例だったなら、そこに辞書編纂者のメッセージ
を読み取ることは可能だろう。ところが個々の用例が作例だとする証拠は示されていない。
用例ではないこと、すなわち、当該辞書の編纂作業前に公刊された全ての出版物に実際に
それが使われた例が存在しないことを証明するのは不可能なように思える。だが、新明解の
面白い用例の出典は次々と見つかり、それらが作例ではなく用例だったことが明らかになった
ケースも現にある。一例を挙げれば、『新解さんの謎』88頁でも取り上げられ話題になった
「ぼさっと」の用例の出典に関しては、2015年4月19日付のブログで指摘した通りだ。
本書の著者は、

  ・・・問題は「なぜ、このような語釈や用例が書かれたのか」である。

という風に(本書61頁)、〈新明解すなわち作例〉と勝手に思い込んでるが、実は山田自身が
作例は駄目と考えてたことは三上が『明解物語』366頁で証言し、本書209頁も再録している。

  見坊先生の用例採集に触発されて、ご自分にはないから、そういうのをやらなくちゃという
  気持ちになられたんですね。初版のときは用例なんか何もありませんからね。
  頭で考えた用例だけで。「作例は駄目だ」って軽蔑してらしたんです。
  だけど、ないから・・・・・・矛盾したことですけど。

本書161~162頁で、見坊の用例採集を山田が評価してなかったことを小林は証言するが、

  以前は、見坊の用例採集をあまり評価していなかった山田が、晩年はむきになって
  用例を集めるようになっていた。

と本書245頁は記している。本書の巻末にある「見坊豪紀・山田忠雄年譜」によると、
山田は1996年に死去(享年79)とあり(本書344頁)、問題の【時点】の用例が初めて
載った新明解の第四版が出版された1989年は、もはや「晩年」ではないだろうか?

この【時点】を始め、本書で取り上げている「用例」も、今後もし出典が発見されて、
その示す意味が全く異なるような文脈だったら、著者のストーリーは瓦解する(^_^;)
特に【時点】の「用例」、「一月九日の時点では、その事実は判明していなかった」は、
「その事実」とは何か(「一月九日」に「判明し」た「事実」は該当しないはず)、
加えて、「判明」となると「その事実」が既に〈存在〉はしていたことになるなど、
作例にしては文意が伝わりにくく不自然なので、何かの文献から採られた用例ではないか?

第2の疑問は、著者が予め作ったストーリー(台本)に合わせて、本書では用例を
ピックアップしていて、それと辻褄が合わなくなるような用例の存在を無視してないか、
という疑いである。小生所有の新明解は第三版のため、著者の示したストーリーへの
具体的な反証を見付けられないので、一般論として疑問点の提示に止めざるを得ないが(*_*)
ただ、本書187頁を見ると、

  「一月九日」以外にも、両先生が誰にも語らなかった自身の思いを辞書に吐露している
  箇所がないか、さらに取材を進めた。そして、単なる気まぐれでは済まない記述が次々と
  見つかっていった。

「さらに取材を進めた」とだけあり、〈新明解と三国を通読・精読した〉とは書いていない。
本来なら「二人の心情を探る」ために本書でピックアップした用例は、新明解と三国を
隅から隅まで通読・精読した上で、それと矛盾する用例がないのを確認する作業が不可欠。
それをしなければ牽強付会でしかない。これは著者を信用できるかという問題に収斂されるが、
本書を実証的に批判しているブログを最近になって見付けて、信用できないとの結論に(+_+)
実に多くの問題点・疑問点を指摘し、本書をコテンパンにKОしている、そのブログは、

  「無理題」に遊ぶ http://ameblo.jp/muridai80/

「めたさん」という方によるもの。
特に本書265頁の「六九歳を迎えた見坊は、かつて決別した山田のことを【畏友】と呼んだ。」
という件が、実は「捏造」「変改」によるものだったことを実証しているのには脱帽m(__)m

http://ameblo.jp/muridai80/entry-12020035684.html

人の褌で相撲を取るわけにはいかないので詳述しないけど、「過剰な演出」とやらか(+_+)
しかし、NHK「クロ現」の「やらせ」をスクープした週刊誌を出している出版社が、
NHKディレクターによる「過剰な演出」を施した本を出してるのは皮肉だね(^_^;)

本書333頁の「あとがき」に、

  二人の編纂者が残した辞書の記述から、二人の人生や心情を推し量るというのは、
  思い込みとも言えるだろう。

とあるが、まさに本書は著者の「思い込み」の産物で、その想像を裏付ける調査の不足もあり、
立証もされていない以上、フィクションを創造したにすぎない。それはそれでいいけど(^_^;)

なお、「見坊に事故有り」の真相」と題した節見出しが本書215頁にあって、

  ・・・なぜ山田は『新明解』の序文に「見坊に事故有り」と書いたのか。/
  この謎を解く鍵は、二冊の辞書の記述にあった。

云々と仰々しく解説するけど、同じ序文の「内閣の更迭に伴う諸政の一新」という喩えに
ついては知らんぷりなのは何故かな(^_^;)

他にも気になる点はまだあるんだけど、長くなりすぎたので、ここまでにする。

二番煎じ、二匹目の泥鰌狙いも、売れれば勝ち、勝てば官軍だと改めて痛感した一冊(+_+)

昨日届いた『とめはねっ!』⑭巻に顔真卿と安史の乱の話が載ってた(^_^;)

[追記]
小ブログの中でアクセス数や反響が大きかった記事の1つだが、小生の文章力の無さか、
どうも文意が伝わらなかったようなので、誰でも分かるように敷衍しておきたい(^_^;)
それは、本書の肝と言ってよい【時点】の「用例」に対する疑問を述べた件に関してだ。
例えばの話だが、国語のテストで、

  一月九日の時点では、その事実は判明していなかった

〈この文章において「その事実」とは何か答えなさい〉と出題されたら、その答えは、

  〈一月十日以降に判明した事実〉

だろう。前掲『新解さんの謎』110頁も、この【時点】の「用例」を採り上げた件で、

  一月十日にはわかったのか。

とコメントしているように、フツーの読解力の持ち主なら間違えないはず(^_^;)
上述のように、「その事実」とは〈一月九日に判明した事実〉ではない、ということだ。

国語辞典(の編纂者)が主題の本なのに、その国語力が疑わしい著者やコレに気付かぬ
担当編集者もどうかと思うが、本書を誉めそやす多くの人々、また本書を批判しつつ
「その事実」として本書とは別の〈一月九日に判明した事実〉を執拗に力説してる人を
見てると、まるで〈一億総ゆとり化〉の感があって、国語力の低下は憂うべき状況(+_+)

たとえ日本語として間違ってる読解でも、この【時点】の「用例」から〈一月九日(に
判明した事実)〉に着目できれば良いのだ、とするのなら、新明解の用例を山田による
作例とし、そこにメッセージ性を見出して、山田の「心情」を読み取ろうとした本書の
立論はどうなっちゃうのかしら? いや、この「用例」には「一月九日」という語句が
出てくるじゃん、一月九日に注目せよ、という山田の隠されたメッセージ、暗号なのだ、
と強弁するのなら、本書は何とか文書、何とかコードといった類いのトンデモ本であり、
それなら新明解の膨大な用例から恣意的に選んで、どんなストーリーも捏造可能(^_^;)

[追記160220]

山田孝雄(山田忠雄校訳)『櫻史(おうし)』(講談社学術文庫,1990)の奥付にある
山田忠雄の略歴には、

  1916(大正5)年東京生まれ。・・・

とあった。wikiにも出生地は出てないので、一応メモしておく^_^;
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飯間浩明

はじめまして。飯間と申します。私がパクリ行為をしたのではないかとの記述がありましたが、パクリ行為者とされることはたいへん心外です。私は証言の際には手元に『明解物語』を持っていませんでしたので、野元氏と同じ文言をなぞるような発言は不可能です(もし持っていたとしても、その箇所を音読でもしなければ無理です)。証言が多岐にわたったため、活字化されるまでに手違いがあったのでしょう。本書は、あえて冒険的に書かれた部分もありますが、全体としては評価すべき点の多い著作だと思っています。
by 飯間浩明 (2015-06-01 02:17) 

middrinn

飯間先生、コメントを頂戴し、恐縮恐惶ですm(__)m 御不快とは思いますが、両書を読み比べた一読者の感想ですので、何卒、御海容のほどをm(__)m 先生の証言を本書の著者が原稿化・活字化する過程で生じた「手違い」の由、理解はできましたが、公刊後すみやかに著者&版元に訂正を申し入れるべきではなかったかと(^_^;) 本書の評価に関しては、本文にも書きましたが、「出版の価値は充分にある」とは小生も思っております(^_^;) また機会がありましたなら、御指導など頂ければ幸甚ですm(__)m middrinn拝
by middrinn (2015-06-01 16:21) 

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